RN栃々トーク2007

輝ける三十路を目指す為に奮闘する日々の記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

四捨五入で大台

さすがに、○十五回目ともなると嬉しさもなくなってくるというか、四捨五入で大台になっている現実
に打ちのめされるばかりで、せっかくの金曜だし旅先でもいいんじゃないの?とお休みを頂いて道中
で迎えてみました。

ま、この1月~乗り納めとか最後の風景なんかが気になって、撮り乗り共にやってみた鉄旅のラスト
という訳です。ここまで北海道から西までいろいろと拘ったのも久々で。今回のダイヤ改正って新たな
もののデヴューは小田急の地下鉄乗り入れの青い新型ロマンスカーMSEとかおおさか東線くらい
なもんで、後はブルートレインや国鉄型のディーゼルカー、電機機関車や車扱い貨物列車の廃止と
いった無くなる物の方が多く、それを追っかけたりその風景を記録したりという方々を全国各地で
目にする、そんなサヨナラ列島が展開されていたんですな。ワタクシもご他聞に漏れずその一人と
なってた訳で。それだけ、この後は面白みがなくなるってくらいな感じなんですよ。で、ダイヤ改正前
最終日は紀勢東線を走る貨物列車が三重と和歌山の県境の熊野川鉄橋を渡って新宮駅に乗入れ
する最後という風景を見に行こうと決めたのですな。


ながらで早朝の名古屋に付き、飯もそこそこにちょっと各地へ寄り道。いままでも乗ってない線に乗る
とか、競馬場の場外へ行くとかってのはやってましたが、貨物列車をメインに探ってみるなんてのは
やった事もなかったもので。で、案外東海エリアには他ではなくなってしまった様な昔ながらの風景
が結構残っているんですよね。

大垣の先の美濃赤坂への東海道本線の唯一の支線。この線があるのは実はその先に石灰鉱山が
あって、それを運ぶ専用線があるからだったんですな。今は珍しい無蓋車の貨物列車が走ります。
乙女坂の石灰タキ


途中はこんな模型みたいな驚きの場所を通っていくんですよ。美濃赤坂の先にこんな模型の様な風景が・・・


ドシャ降りの中、ロケハンも出来たので、またながらで来る何かの機会に立ち寄ってみましょう。

大垣まで戻って、近鉄から移管された養老鉄道に乗り桑名、そして近鉄富田へ向かう。
新生なった養老鉄道


近鉄富田から出ているのは三岐鉄道。電車は元西武の車輌で懐かしいコンプレッサーの音が健在
でした。さて、このローカル鉄道に何故寄ったかというと、これまたなかなか無い、貨物ヤードがある
元西武の車輌達が活躍の三岐鉄道


くらい貨物列車の走る路線なんですな。東藤原という駅の近くでセメント工場がフル操業中で製品を
東藤原駅の貨物ヤード

港まで運んでいるというわけです。JRへの列車を引き継いで昔ながらの貨物列車が四日市までの
短い区間ですが展開されています。
富田駅のDD貨物



松坂駅でお昼。有名なあら竹の特製元祖牛肉弁当です。松阪牛が特製のタレと共に絶品です。
松坂駅のあら竹 特選元祖牛肉弁当



特急で下った新宮駅。構内にコンテナ貨物列車が見えますね。新宮駅最終日の貨物列車

和歌山 新宮駅


この列車が大鉄橋を渡ってくる風景を、大雨でしたが何とか撮り記憶に留めることができました。
その絵は別のカメラなのであえて載せませんが、間に合って計画通りに迎い撃つことができたので
十分に満足しています。本当ならもっと腕を磨いて撮る様な場所だったのですが、そこに行けた事実
は単に鉄道写真を撮るという事だけでなく収穫がありましたよ。

特急 南紀号との最後の並びを撮ってから出発。
特急 南紀号 と コンテナ貨物の並びも最後


夕食は車内販売で買った さばの炙り寿し。あぶってあるので、いつもある押し寿司より遥かに美味。
さばの炙り寿し



この後、特急から普通列車を乗り継いで米原へ。途中の草津駅で風呂に寄りつつ、上りの最終銀河
の見送りもできました。そして米原からの急行 きたぐにに乗るのですが、
米原駅 きたぐに 出発案内


待っている途中に下り方面の列車が・・・・。何かと思ったら、富士・はやぶさが運転手交代の為に
米原運転停車の富士・はやぶさ

停まっていたのでした。深夜の米原駅は貨物列車銀座なんですが、こういう夜行列車との遭遇もある
のが旅の思わぬ楽しみでもあるんですよね。高崎駅や新津駅辺りでも夜行列車同士の遭遇の機会
がある様です。



スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。