RN栃々トーク2007

輝ける三十路を目指す為に奮闘する日々の記

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急行 きたぐに

そんな訳で、日付けが変わって15日になった訳ですが、前夜の京都駅や大阪駅、そして東京駅は
凄い事になっていた様で。ちょっと趣向をこらして事前にお別れしておけたので、そんなTVニュース
をワンセグで暢気に見てましたが、少し前のさくらやあさかぜ、そして出雲廃止の頃よりも扱いやら
騒動?が大きくなっている様な気がします。図らずも遭遇した、富士・あさかぜも一年後の廃止が
規定路線の様でしが、何とか逆転存続みたいなことになってくれませんかねえ。ま、個人的にも夏
辺りに、大分で温泉⇒北九州⇒津和野という様な旅程でも組んで、行きは富士に乗っておかねば
とは思っていますが。


さて、銀河がなくなってますます稀少な存在の夜行急行列車ですが、その一つのきたぐに号に乗車。
世界初の寝台昼行兼用電車583系が未だに現役唯一の定期列車として頑張っている列車です。
583系 急行きたぐに 健在!


ヘッドマークもなかなかです。


大阪-新潟という区間ですが、途中の北陸地方のお客さんも重宝する列車で。昼夜兼用だった特性
を活かして、4両の座席車に3両のB寝台車(3段式)、グリーン車が1両に2段式のA寝台も1両連結
という多種多様な編成で、電車とはいえ昔ながらの雑多な利用客をカバーする急行らしい急行です。


いや、いくらダイヤ改正とは言え18きっぷだけでなく特急まで乗り継いで、新宮へいくだけでは鉄な
人であってもお金がかかるだけで、ちょっと弱い。そこに降って湧いた様に新潟でのエリア拡大記念
Suicaが限定発売と聞いて、それならきたぐにで新潟入りだ!というプランでこの行程を組む決定打
になったのですな。きたぐには過去に大学時代の友達と春の天皇賞⇒GWの公営新潟開催連闘で
乗っていらいだったしね。何より583系の寝台利用は初めてなので、この機会を逃さずにという訳で。

減光された車内は暗いですが、エンジのカーテンがいかにも寝台車を演出しています。
真ん中を通路を挟んでの両方に寝台があります


取ったのは中段寝台なのですが、この列車いまどき聞かない3段寝台なのです。しかしながら、客車
ではなく電車故、パンタグラフがある場所はスペースが取れず、上段のない頭上が広々したお買い得
いわゆるパン下のお得な中段寝台

中段になっているのですな。これは鉄な人々には有名な話。かつての東北や常磐線の寝台列車で、
いつか乗ってみたいなと思っていた場所に、20年くらいかかって乗る事ができたっていう話ですわ。


広々ですので、ゆっくりと寝ることができました。2段なら十分に使えますよ。小さな覗き窓から見た
車窓は深夜の金沢駅でした。なかなかに有効に過ごせた時間でした。
覗き窓から深夜の金沢駅


そしてそして、新潟県に入り下車したのは、長岡駅。かつての東京方面からの金沢へ向かう新幹線
からの乗換駅は越後湯沢駅へ取って代わられてしまいましたが、構内はすっかりエキナカ販売店が
並んで、小奇麗に変わっていましたね。


そんな中、早朝から発売で祭りになっていた米俵Suica。長岡はこのきたぐに着で十分に間に合い
無事GETする事ができました。いろいろ廻って、無理することなく手に出来たので大正解、大満足。
長岡で無事、米俵SuicaをGET!


当初の想定がうまく行き、うまく旅程通りに進んだのは気分がよいものです。きたぐにで一緒になった
尾鷲の師匠とも健闘を讃えあい、ゆるりと上越国境の未だ雪深い車窓を楽しみつつ高崎まで戻り。
ビックカメラのオリジナルDS用Suicaペンギンカバーケースを紹介して、お昼を食べ散会。かつては
こんな感じで、無茶な日程を知恵と工夫でこなして各地を廻っていた感じが甦ったねとの話に月日の
流れを感じたのですが、久々にこういう旅ができてよかったですよ。もう次にいつできるかわからんし。


ま、ICカード祭りは今月末にもう一回、最後にして最大の祭りもあるので、そこはもうひと頑張りして
みようと思いますが、鉄中心目的としては個人的にもエポックメイキングな旅になったと思います。

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